世界中で最も美しい音楽を奏でるのは人の声だといいます。たった一声でも聴く人の胸を熱くする、そんな歌を歌える存在がプロの歌手です。いつの時代でも憧れの職業ではないでしょうか。今回は「歌手になりたい!」という思いをお持ちの方に、ぜひ覚えておいて欲しいことをいくつかご紹介いたします。
プロの歌手とは
そもそもプロの歌手とは、どのような人を指すかご存知でしょうか。テレビに出ているようなスターからクラブシンガー、オペラ歌手、演歌歌手などジャンルは様々ですが、プロの歌手とは「歌を歌うことで報酬を得ている人」のことを指します。たとえ1円でもギャランティが発生すれば、それはプロなのです。
では、ストリートミュージシャンはどうでしょうか。プロに当てはまるかというと、それは違います。なぜなら、ストリートミュージシャンはオファーがあって歌っているのではなく、自ら歌い、気に入って聴いてくれた人からチップをもらうというスタイルだからです。言わばクライアント(この場合、お金を払って歌を聴きたいと思っている人)が明確にいないのです。
ギャランティ(契約報酬)とチップ(ご祝儀・心付け)の違いです。プロとアマチュアを明確に分けるのは、この一点に尽きます。
歌唱力
正確なピッチと伸びやかな声、ビブラートやファルセットなどのテクニックを総じて、「歌唱力」といいます。「プロなら当然歌唱力もずば抜けてあって然るべき!」と言いたいところですが、実は歌唱力自体は、そこまで重要視されていません。
テレビの歌番組などで歌っている歌手を思い浮かべてみてください。歌唱力は優れていなくても人を魅了する力があったり、ダンスが魅力的だったりする場合も多くあります。売れるために重要なのは、お金を払ってまで聴きたいと思わせる「何か」を持っていることです。歌唱力というのは、あくまでその「何か」のひとつに過ぎません。
音感
正確に音程がとれることです。これは歌声そのものよりも、耳の良さが大切といわれています。人間は耳で聞いた音を脳に伝えて再現することで、喋ったり歌ったりしています。
これは遺伝に依存するものではないため、正確な音程をきちんと聴き続けていけば、ある程度の音程はとれるようになります。音楽一家に生まれた子供が音感が良いのは、幼少期から正確で質の高い音楽を聴き続けているからといわれています。音楽を聴く、ということが日常生活に取り入れられてから、現代人全体の音感は飛躍的に向上しているそうですよ。
皆さんの中にも、大好きでよく聴く曲がそのまま一番上手に歌える曲になった、という経験をお持ちの人も多いのではないでしょうか。
曲のテンポに合わせて歌えないことには音楽は成立しないので、とても大事な要素です。これも先程ご紹介した音感と同様に、耳の良さが大切です。人は不安定なリズムにストレスを感じます。これは逆に、安定したリズムにはリラックス効果があるということです。
これは普段の会話などでも同じことが言えます。スピーチが上手い人や話が面白い人もリズム感が良く、心地良いリズムで話すので、話に集中して聞くことができ面白いと思えるのです。
声量
プロの歌唱力と素人の歌唱力を比較して、一番分かりやすいのが声量の違いです。歌手のみならず俳優や芸人など人前で声を使ってパフォーマンスをする人たちは、声の通り方が全く違います。テレビ番組などでは音の調節がしてあるので伝わりにくいですが、実際に会って話すとびっくりするほど声が通ります。
テクニック
ビブラートやしゃくり、こぶし、声量調節などのテクニックは、主に曲を表現するために用いられます。これが上手な人は、「歌が上手い」と感じさせることができます。その他にも表情や自分を上手く見せることが、スターになるための重要なテクニックと言えます。
声質・音域
さて、歌唱力について、音感・リズム感・声量・テクニックと紹介してきましたが、これらは全てトレーニングによって向上させることが可能です。しかし、声質は、はっきり言って変えるのは困難です。すてきな声は、まさに神様に与えられたギフトのひとつなのです。
骨格、歯並び、声帯の形などの様々な要素が関係して、それぞれこの世にたったひとつの声となるのです。声自体が良い、と褒められる人は、とても良いギフトを与えられているのです。これは、歌手になりたい方にはとても大切なことです。歌声が印象に残る、なぜか胸を打つ、という歌手は、声質が良いのです。
また音域も、高いキーであればトレーニングをすればある程度伸ばすことは可能ですが、低いキーは難しいといわれています。私たちは声を出すとき、喉の周りの筋肉を締めたり開いたりして音程を変えています。低い声を出す場合は喉が開いている状態になりますが、もともとの喉の太さを変えることはできませんトレーニングによって低いキーを出すのが難しい理由は、ここにあるのです。
高いキーが歌えるということも素晴らしいのですが、低音域を綺麗に歌える歌手の方が実は少ないのです。
年齢
最近はアイドルブームなどもあって、中学生や小学生でもメジャーデビューする子がたくさんいますが、商業的な価値があれば、年齢は関係なくプロになれます。若くしてデビューするケースだけでなく、定年退職後に歌手になった、という方もいます。オペラなど幼少期から専門的なレッスンが必要なジャンルは難しいことが多いですが、ポップスや演歌などは、年齢がいくつでも可能性があります。
収入
気になる収入ですが、これはかなりの差があります。銀座などのラウンジやクラブで歌っているクラブシンガーは日給や時給で活動していますし、結婚式場の専属歌手をしている方もいます。
CDデビューしている歌手でも、メジャーレーベルかインディーズレーベルかで大きな収入差があり、また一曲でもヒット曲があれば大きな収入を得られます。年収100万円のプロもいますし、世界規模の歌手になると100億円以上稼ぐことができます。安定性はないものの、夢のある世界と言えるでしょう。
特に作詞、作曲、歌と全てこなせるシンガーソングライターは一番稼げます。同じCDセールスの数でも入ってくる印税が、作詞家、作曲家、歌手と分担している場合とは全く違いますし、著作権は、曲や詩を作った人のものになります。後々の楽曲使用料やカラオケ印税などは、ほぼ著作権を持っている人に入ります。
どうすれば歌手になれるの?
オーディション
歌手になりたい!と思ったときに思い浮かべる方が一番多いのが、オーディションではないでしょうか。もちろん正解ではありますが、オーディションに合格したからといってすぐにプロの歌手になれるわけではありません。音楽会社主催のオーディションは、基本的に新人の発掘を目的にしています。
言わば売れる可能性のある人を囲い込んでおきたい、ということです。オーディションに合格した後、所属する事務所を決めて様々なレッスンを受け、綿密な会議を重ねてどうやって売り出すかの方向性を固めていきます。
そこで「この人は売れるだろう」という結論が出たら、最初にかかる予算を組みます。なお、期待値が高い歌手ほど予算の額は大きくなります。そしてCD発売やテレビ出演などまでたどり着けたら、はじめてデビューと言うことができます。このように、「オーディション合格=プロ歌手」というわけにはいきませんが、歌手になりたい方は、オーディションにはどんどん応募しましょう。なぜならオーディションに受からなくても、得られる物がたくさんあるからです。
オーディションは、多くのスターを発掘してきた審査員から感想やアドバイスをもらえたり、顔を覚えてもらえたりする機会でもあります。こなしていくうちに自分の弱点や強みも明確に分かってくるため、受けるだけでも人に聴かせる歌い方が身についていくのです。オーディションで受かる人は自分の見せ方、聞かせ方を知っている人が多いです。そしてそれは、そのままその人の「売り」になるのです。
ボーカルスクール
歌唱力を磨きたい方は、ボーカルスクールに通うのも良いでしょう。音楽教育を受けたことがある人とない人では、やはり歌唱力に違いが出ます。ボーカルスクールの先生は、純粋に歌唱力そのものについて教えてくれるので、好き嫌いではなく正確な実力を知ることもできます。
またボーカルスクール自体にスカウトマンが来たりオーディションの話が持ち込まれたりすることも多いので、実力をつけると共にチャンスも転がっています。同様に歌手を目指すライバルたちと、お互いに刺激し合うのも良いでしょう。
スカウト
俳優やタレントが「スカウトされて芸能界に入った!」というのはよく耳にする話ですが、危険な事務所もあるので注意が必要です。もちろん大手事務所からのスカウトであれば喜ばしいことですが、中にはレッスン料などお金だけを請求された、という話もよくあることです。当たり前のことではありますが、契約書の内容はしっかりと確認してからサインしましょう。
SNS
近年、SNSが広く普及したおかげで歌手になれるチャンスは増えており、。YouTubeなどの動画サイトで話題になりメジャーデビューした、という方もいます。日本の音楽業界はCDが売れず、オーディションや宣伝費にお金をかけることが難しくなっています。
そんな中で、SNSで見つけた歌手は最初から話題になっているので、宣伝コストの面でも良いスカウトの場所と言えるのです。そして「話題になっている」という事実が、もうすでに売れるために必要な「何か」を持っている人なのです。
ここまで色々とご紹介しましたが、残念ながら確実に歌手になれる方法はありません。しかしもっとも大切なのは、まず行動することです。何事も行動しないことには始まりません。失敗することを恐れず、とにかくたくさんの人に歌を聴いてもらうことが、歌手になるための一番の近道なのです。
どんなに才能を持っていても、人の目に触れることがなければ意味がありません。「秘めた才能」がある人は、どんどん表に出していきましょう。
プロのやりがいと厳しさ
デビューのきっかけ
デビューのきっかけは、先ほどご紹介したスカウト、オーディションの他に周囲のすすめなどもあります。「キャバクラやスナックなどのカラオケでたまたま歌ったら、来ていた客の中にレコード会社の人がいて目に留まった」など、絵に描いたようなシンデレラストーリーも実際にあるのです。運も実力のうち、という言葉はあながち間違いではありません。
そこからプロとして活躍するためには本人の努力がもちろん必要ですが、売れるには運も重要な要素です。芸能人の誰かが「新人の○○さんの曲にはまってます」などと番組で言ってくれたり、たまたま曲を聞いた人がドラマや映画の制作をしていてタイアップに起用されたりするなど、運があってブレークすることもありますよ。
逆に言えば、実力があり本人も努力しているにも関わらず、運に恵まれずになかなか売れない、ということもある世界です。どこにチャンスが転がっているかは分からないので、日頃から気を抜かないことも大切ですね。
年齢
歌手デビューの年齢にもよりますが、肉体的な声のピークは存在します。例えば変声期前の少年が歌手デビューした場合は、途中で「変声期」という壁にぶつかります。避けようが無いこととはいえ、それまで出ていた声が出せなくなってしまうのですから、本人のショックははかり知れませんね。
現在では違法のため行われてはいませんが、少年の声を維持するために、昔のヨーロッパなどでは変声期前に男性器を切り取って、ホルモンの影響を受けなくするという過激なことも行われていました。こうした男性歌手は、「カストラート」と呼ばれていたそうです。このような危険な手術まで行われるほど、声というのはホルモン、そして成長・老化に影響を受けるものなのです。
あくまで少年の声にこだわる歌手ならばピークは10代前半でしょうし、変声期を経て大人になり、声が安定してから歌手になった人は、体力的な部分も考慮し20代から40代までがピークといわれることが多いです。また、オペラや詩吟、民謡などの伝統的なジャンルは、幼少期から歌い続けてやっと50代で最盛期を迎えるといわれたりもするため、目指すジャンルによってピークはそれぞれです。
女性の場合は変声期の影響はあまり無いといわれていますが、その代わりに生理の影響を受けます。閉経後の方が声のコンディションが良くなった、という人もいるようです。どんな歌を歌いたいか、どんな声を出したいかなど、自分の目指すヴィジョンを明確に持つことが大切です。
そして声を維持するための努力も怠ってはいけません。生物学的な面で言えば、声の老化が顕著に現れるのは男女共に50代からで、その頃から高音が出なくなり声も伸びなくなると言われています。しかし、歌手としての寿命は努力次第でいくらでも伸ばすことができ、70 代や80代でも現役の歌手はいるのです。
学生・社会人から
プロとして活躍するのに、年齢はあまり関係ありません。小、中学生時代からプロの歌手になる人もたくさんいますし、社会人を経てから歌手に転向している人もいます。早すぎることも遅すぎることもないので、安心してくださいね。ただし、学生時代から活躍していた歌手は、大人になってから「普通の中高校生のように過ごしてみたかった」と思う人も少なくないようです。
思春期は人生の中でも特別で、様々な思い出を作ることができる時期です。色々な経験や思いを歌に乗せる歌手だからこそ、それを十分に味わっておきたかった、と大人になって思う気持ちも強く出てくるのでしょう。
若くして歌手になった人は、その世代だからこそ感じられる繊細な感性を、そのまま歌にできるでしょうし、大人になってから歌手になった人は、色々と経験を重ねたからこそ歌える歌もあるでしょう。それぞれ素晴らしく、どちらが優れているか決めることはできません。
いずれにしても、プロになるためには、精神的なタフさが求められます。特に歌手だけに限ったことではありませんが、テレビに出るようなスターは、四六時中人の目にさらされます。どこで誰が見ているか分からないためプライベートも気を抜くことはできず、これは普通の人からすれば、かなりのストレスでしょう。
実際に突然スターになった人の中には、連日マスコミに追われることで精神を病んでしまった人も多くいます。インターネット等でエゴサーチすると、必ずしも好意的な意見ばかりではなく、ひどい悪口を見つけることもあります。しかし、プロとして生きていくには、それを跳ね返す力が必要です。どんなときも「話題になっているだけ儲けもの」と思えるようなマインドを維持できるとベストです。
スターとして大成する人の多くが持つ特徴として、「歌が大好き」であることはもちろんですが、「常に前向き」であることと「自分が大好き」であることも挙げられます。スターにとっては、話題にもならない、忘れられるということが一番つらいことです。そしてどんなときも、ステージに立てば最高のパフォーマンスを求められます。
体調管理も仕事のうち、とは良くいいますが、身ひとつで勝負する歌手には、徹底した自己管理が必要です。タバコやお酒の飲みすぎで声を枯らしてしまったり、風邪で声が出ない、といったことはないようにしましょう。
なお、ステージは歌手ひとりでは成立しません。裏方として働くスタッフの存在を忘れてはいけません。照明、音響、ヘアメイクやスタイリストなどそれぞれプロフェッショナルのサポートがあってひとつのステージを作ることができます。表舞台に立つ歌手のために、たくさんの人が動いてくれていることを忘れないで下さいね。
厳しい世界ではありますが、歌手としての最大のやりがいは、やはりファンからの応援や歓声でしょう。歌を聴いた誰かを勇気づけたり、癒しを与えたり、ときには人生を変える程の衝撃を与えたりと、歌手はいつの時代も、特別な存在なのです。
歌手を志す人には、「こんな風になりたい!」と思うきっかけになった歌手がいる場合が多いです。いずれ自分の歌がきっかけで歌手になった人が現れたら、そんなに嬉しいことはありませんね。
いくつになっても諦めない心を
「歌手になりたい」と口に出して言うと、途方もない夢を見ている、現実を見るべき、など厳しい意見を言われることもあると思います。実際、厳しい世界ではありますが、成功すれば世の中に大きな影響を与えることができます。
「歌が好き」「誰かの心に響く歌を届けたい」といった思いがあるのなら、いくつでもチャレンジしてみましょう。若々しい10代の歌声を好む人もいれば、大人の魅力溢れる30代、人生の深みを感じる60代の歌が良いという人もいます。年齢で諦めてしまうのは、とてももったいないことです。
一度きりの人生ですので、何もせずに後悔するよりは、思い切って一歩踏み出してみてはいかがでしょうか。大切なのは、その一歩を踏み出す勇気です。その一歩を踏み出せるかどうかが、人生の大きな分岐点となるでしょう。